ラ・マンチャをいく



 2013年3月末から4月あたまにかけてスペインの
カタルーニャ、バレンシア、アンダルシア、
ラ・マンチャ地方をレンタカーで旅した。

 スペインの風景のもつ苛烈なまでに
単調な相貌には、
それに対面する人間の魂に、崇高の何たるかを
刻み込む力がひそむ。
カスティーリャやラ・マンチャの広大無辺な原野は、
そのむき出しそのものの相貌と呆然とするほどの
果てしなさで、人の心を魅了してやまない。
そこには、大海原の、厳かなまでの壮大さに
相通じるものがある。

ー「アルハンブラ物語」より アーヴィング


 世の中にはお金で買えないものがいくつもある。
旅もそのひとつだろう。実際、飛行機代やら
ホテル代やら食費やら、ガソリン代などの
少なくはない諸々の経費もかかっているし、
非日常とは異次元だから、様々なリスク、
ストレスも増大する。
しかし、それらすべてが、ふっとんでしまうくらいの
心震える情景がスペインにはたくさんある。
アーヴィングの「アルハンブラ物語」の一節は
スペインの原風景をよく表現している。

     
     

1・2日目 バルセロナ
 3/25 22:00 成田空港からドバイを経由して
バルセロナに至る便に家人と乗る。
エミレーツ航空を利用し、1日目は機内泊。
(今回の旅程は12日間)
ドバイまで11時間。3時間くらいのトランジット
待ちのあとさらにバルセロナまで
6、7時間といったところ。
翌26日の13時(現地時間)にバルセロナに
やっと到着。
日本との時差は8時間ほどで、
日本が8時間先に進んでいることになる。
荷物を受け取り、さっそく予約していた
ハーツレンタカーのオフィスに向かい、
国際免許証、オリジナル免許証、
パスポート、クレジットカードを提示し、
受付を無事すませる。
バルセロナ空港はなかなか巨大だ。
説明を受けたレンタカーの駐車場は地下にあり、
少し迷ってしまったが
なんとか今回お世話になる愛車を
見つけることができた。
日本出発が夜遅く、そして現地到着が
昼過ぎだとなんだか時間を
うまく使えたような気がする。
 久しぶりのバルセロナ!
はやくサグラダ・ファミリアに会いたいが
まずはホテルが先だ。
この日のホテルだけは、日本を発つ直前に
予約しておいた。(あとは行き当たりばったり)
バルセロナの中心地にある海沿いの
ホテル「グランドマリーナホテル」という。
バルセロナ空港と中心地は10キロちょっとと、
かなり近い。
大都会の複雑な道路と久しぶりのヨーロッパの
運転に少々、翻弄されながらもなんとか
15時、ホテルにチェックインすることができた。
バルセロナの空は青い。今回の旅も天気に
恵まれればよいが・・・。
スーツケースを部屋に運んで、
一息つき早速タクシーを利用して
サグラダ・ファミリアまで走ってもらった。
ホテルからは5~10分くらいの距離だ、
碁盤の目のように整備された美しい
街並みを北に進む。
17時にサグラダ・ファミリアに到着すると、
夕方にも関わらず入場待ちの長蛇の列が
できていた。
バルセロナには観光スポットがたくさんあるが
やはりここが1番なのだろう。
10年ぶりの再会に感慨深く、塔を見上げていれば
その長大さに首が疲れてしまう。
現在も建築中、以前訪れた時と顕著に
ここが変わった!というところは
見受けられなかったが、
天に向かって突き刺さるような異様な塔の
佇まいにはいつ来ても圧倒される。
入場券の他にエレベーターの券を購入すると、
塔の上に登ることができるが、この日はすでに
この券が売り切れていて残念ながら
バルセロナ市街を見おろすことができなかった。
1度、エレベーターに乗ったことがあるが、
その時はたいへん貴重かつ
足のすくむ体験だった。

       
すんなりとは入れない  まだまだ建築中  内部も首が疲れる   

サグラダ・ファミリアの教会内部、展示室、
外観などを2時間ほどかけて堪能し、
再びタクシーを拾い、ランブラス通りに
行ってもらった。
空気はやや肌寒くなってきたのでバルに
立ち寄りワインと一緒にタパスをつまんだ。

     
バルセロナの市場     ランブラス通り

3日目 モンセラート、タラゴナ

 ホテルのビュッフェを食べて10時に
チェックアウト、そして車に乗り込む。
今回の旅ではやはり、再訪しておきたかった
モンセラートに向かう。
モンセラートはバルセロナから60キロほど
北西に位置する圧巻の奇岩が
そびえる神秘の山で、
サクラダファミリアを設計したガウディ
ここからインスピレーションを受けている。
今日はそれほど強くはないが雨がふり、
山の頂上に近づくほどに霧が深くなっていく。
この雰囲気は意外と嫌いではない。
人を拒むような神々しさを演出しているようで
期待が逆にふくらむ。
以前、聴き逃してしまったミサの少年たちの
歌う生の賛美歌は13時からなので、
じゅうぶん間に合う。

     
  賛美歌を聴きに満席状態   

 賛美歌はわずか15分くらいだったが、
ここの美しい合唱はたいへん有名で、
観光客で教会内は足の踏み場もないほどだ。
まさに天上から舞い降りてくるような優しい
響きに全身つつまれた。
 モンセラートの山を降りたところにあった
レストランで昼食をとり、100キロほど南に
位置する海岸の町、タラゴナに向かう。
この地も10年ほど前、初めてのスペイン旅を
バルセロナにした時、日帰りのショートトリップで
訪れたことがあり、
いつかこの美しい町の地中海を臨むホテルに
宿泊しようと心に決めていた。

 
 タラゴナのホテルから

 タラゴナに夕方到着し、車で適当に流しながら
眺めのよさそうなホテルを物色する。
繁華街にも近く海の眺望もよく、しかも
ローマ時代のコロッセオも見下ろせる
「Imperial Tarraco」という
ホテルに決めた。
ホテルの脇に車を停め、iPadを使い
インターネットのサイトからホテルに予約を入れる。
こうすると、フロントで直接値段交渉するより
宿泊費を安くすることができる。

 たまたま、仕事の区切り目でとった
今回の旅行の日程だったが、まったくの偶然
セマナ・サンタ(聖週間)と呼ばれるキリストの
受難を再現する盛大な行事が行われる
スペイン人にとって重要かつ、最高に盛り上がる
週間にぶち当たった。
ぼくは何度もスペインを訪れていたが実は
この行事のことは旅行直前まで知らなく、
とくに南部のアンダルシア地方ではクリスマスと
同じくらい盛大に催されているそうだ。
夕食をとりに町に繰り出すと、たくさんの
神輿の行進や、地元の人、観光客で、
ここタラゴナもたいへんな賑わいだった。

       
教会に大勢の人々  覆面と神輿が練り歩く  子供達の行進  

4日目 バレンシアのパエリア

 昼と夜はかなり、がっつり食べるので、
この日からホテルでのビュッフェ式の朝食は、
控えて朝は果物だけとることにした。
タラゴナから、とりあえずの目的地
(知人と会う約束がある)のグラナダまで
約800キロ。
左手に地中海を見ながらイベリア半島を
南下していけるが、この日は中間地点の
バレンシアあたりに
宿泊しようと考えていた。
この海岸沿いを走るのは初めてだが、
けっこう高速料金がちょこちょこと
徴収されてしまった。
(スペインの他の地域では、ほとんど高速料金は
かからないのだが・・)
しかも、地図上では海の脇を走るのだが、
意外となだらかに続く山々に阻まれた
高速道路からは
期待していた地中海があまり見えなく、
少々残念だった。
11:30ペニスコラで海を見ながら気持ちいい昼食。

     
今日も天気がよい!   ペニスコラの昼下がり 貝やらエビがやっぱり大好きで 

 バレンシア地方で一番有名なものと言えば、
知名度からしてバレンシア・オレンジだろうか。
しかし実は他にもあり、ここはスペインでも
たいへんな米どころとして知られている。
そのため、スペイン料理で最も人気の
あるパエリアはここバレンシアが発祥の地なのだ。
今夜も宿は決めていなかったが、バレンシア地方に
あるアルブフェラ湖の周辺には米の水田が
広がっていて湖のほとりの宿でのんびりするのも
いいだろうと思った。
16:30「Alian」という湖畔のホテルにチェックイン。
湖畔といってもここらのホテルは湖畔からの
距離はけっこう離れている。
予想していたよりもかなりの田舎でホテルの
まわりにレストランや商店などもほとんどなかった。
ホテルのレストランの開く20時まで、
部屋の窓から遠くに見える湖に沈む夕日を
眺めながら過ごした。
町はなんだか寂れているし、ホテルも質素で
あまり料理も期待できないなあ・・と思いながらも
夜の部オープンの時間に合わせて、
レストランに素早く入り早速、パエリア、
肉料理、サラダ、ワインなどを頼んだ。
自分のスペインでの経験則なのだが、
注文から料理が出てくるまでの時間が長ければ
長いほどうまい物が出てくる。
・・・期待してはいなかったがワインを
かたむけながら、パエリア到着までは
けっこう待たされた。
自分でも時々、パエリアを作ることがあるが、
魚介をふんだんに入れ、
サフランがあればそうそう
まずいものはできない。
つまり、失敗しにくい料理とも言える。

 しかし、今回はぼくのパエリアはやっぱり
素人料理と痛感しましたよ。
今まで食べたパエリアの中で一番、うまかった。
何に感心したかというと、米の炊き加減!
パエリアの米は少し芯が残る程度に炊くのが
本式と聞いたことがあるが、日本人は
やっぱりあまりそれを
好まず、ぼくもそう感じていた。
 さすが、パエリア発祥の地にして
スペイン米生産地の拠点!
サフランの香りも、シンプルな魚介の味も
もちろんよいのだが、
香ばしい米を噛み締めている口の中では、
その心地よい硬さ加減が
おこげのためなのか、米の本来の残された
芯なのかのどちらかなのかが判別できなく、
絶妙なタイミングとバランスで炊き加減を
見切っているのだろうと想像できる。
豊かな水を水田に供給してくれる
アルブフェラ湖と実りあるバレンシアに感謝・・。

     
アルブフェラ湖に沈む夕日    素晴らしいパエリアに出会った 

5日目 グラナダ

 朝食は果物をとり、9時にホテルを
チェックアウトし
グラナダに向けて出発した。
今日も天気は上々で快適に走ることができる。
この日の移動距離は約550キロ。
地中海沿いの高速を選んで走るが、
あまり海は見えない。
やがてバレンシア地方を過ぎ、
12時頃にムルシア地方に侵入し、
そこのドライブインで昼食をとった。
ドライブインにもバルがあったので
ノンアルコール・ビールとタパスを
いくつかつまんだ。
ムルシアを通り過ぎれば、目指すグラナダの
あるアンダルシア地方となる。
時折、日本の桜と見まがうピンクの花を
つける美しい木々の群生を見かける。
後で、地元の人に聞いたらアーモンドの
木ということだった。
 15時、すんなりとグラナダに到着したが
観光客もたくさん集まる盛大なお祭りの
セマナ・サンタのど真ん中で、
さすがに飛び込みで訪ねてみた数件の
ホテルはすでに満室だった。
何件目かのホテルの受付に、ここは満室だが
少し離れたところの同系列のホテルに
空室があると教えてもらった。
アルハンブラ宮殿を見下ろせるという山の
上のホテルで、60ユーロとまあまあ手頃だ。
繁華街までタクシーで行けるかも聞いてみたが
15分くらい、10ユーロほどで行けるとの
ことだったのでまあ、いいだろうと
そこで予約をいれ道順を説明してもらった。
グラナダの街中を抜け、カーブの連続する
山道をしばらく走り、直前に予約をいれておいた
「Sun Gabriel」というホテルに到着した。
 部屋の窓からは、残念ながら
アルハンブラ宮殿を見ることはできなかった。
駐車場には大型バスも数台あったので、
団体客などで客室も一杯なのだろう。
あまり景色のよい部屋をあてがわれたわけでは
ないということだ。
夜まで少し時間があったので、
アルハンブラ宮殿のよいビューポイントはないかと、
ホテルのまわりをぶらぶらしていると、
スペイン人のおっさんが声をかけてきた。
「俺のあとをついてこい」と言って、
なかば強引にホテルの裏にある緩やかな
勾配の小道を歩きだした。
仕方がないので、大丈夫かな?と
思いながら5分ほど世間話をしながら
その坂道を2人で登っていくと、
そこに突如、アルハンブラを見おろす
絶景ポイントが現れた。自分ひとりでは
見つけられなかっただろう。
しばし、写真をパチパチ。
おっさんは消えていった。ありがとう!
スペインの人はやっぱり優しいねえ・・、
といつも思うことだが今回も感心してしまった。
 
 この日、iPhoneのメールは調子が悪く、
会う約束のあるH君となかなか連絡がとれない。
部屋にいても仕方がないので、
タクシーを呼んでもらいセマナ・サンタの
見れる中心地のカテドラル付近まで
行ってもらった。
大変な人出で道路には多くの交通規制があり、
タクシーもなかなか前に進めなかった。
タクシーを降りたところから、もう街に熱気が
溢れ興奮状態なのがわかる。
黙って、沿道に突っ立ていても目の前を
ゆっくり様々な装飾がこらされた神輿の行進が
途切れることなく続く。
家人とこのグラナダの楽しい雰囲気に
ひたりながらブラブラしたり、バルでワインなどを
飲んだりした。
H君へのメールはさっぱり送信できなくなっていた。
どうなっているんだ?グラナダの通信網は!
 幸いにも、彼からはぼくのiPhoneへの電話が
かけられるようになったので、
カテドラルの近くの広場で
なんとか合流することができ、
久しぶりの再会に抱き合った。

         
夜が更けても・・人、人 、人   マリア様の神輿    教会に吸い込まれるように 
         
         
音楽も最高潮に         

6日目 フリギリアナ、ネルハ

 昨夜はH君の解説でセマナ・サンタを楽しみ、
バルでフラメンコ学校のこと、グラナダの
生活事情など夜更けまでワインを
かたむけながら、
いろいろ話は尽きなかった。
留学してからグラナダからバスを使っての
近郊のショートトリップをいくつか
していたようだが、
まだスペインの海は見ていなというので、
学校もセマナ・サンタで休校、
せっかくレンタカーもあるのだし、
彼を地中海の海辺への1泊旅行に連れ出した。
グラナダを車で南下していけば、
わずか70キロほどで地中海に出ることができる。
あまり、早い出発では昼食をとるのも困るだろうし、
この日の午前中はゆっくりと彼の住む下宿や学校、
そしてアルバイシン地区を案内してもらった。
詳しくはアルバイシンのページに書きました。

 アルバイシンの面白いスポットを見てまわった後、
12時に僕と家人とH君との3人でグラナダを出発した。
この日も天気は素晴らしく、数年前にも訪れた
アンダルシア地方の地中海を見ながらの
ドライブは最高だ。
H君も初めて見るスペインの海の美しさに
ただため息をつくばかりだった。

     
地中海は今日も青かった    フリギリアナ 

 このあたりを走るのは8年ぶりだった。
8年前、昼食をとるためにたまたま
立ち寄ったフリギリアナの白い町並みと
レストランにとても感動した。
今回は必ず地中海を見渡せるこの町に
再訪しようと心に決めていた。
 14時フリギリアナ到着。
久しぶりのフリギリアナは、以前に比べ
ずいぶんと町が拡張されていて、
観光地化が進んでいた。
スペインの経済危機も世界の周知と
なってしまったが、ここはあまり
影響がなさそうだ。
喜ばしいことではあるが、以前の人があまり
いない故ののどかさも恋しい・・。
かつての懐かしいレストランも見つけることが
でき、マスターも元気でよかった。
料理はもちろんすべてうまかった。
 昼食後、フリギリアナをゆっくり散策し、
この日の宿はフリギリアナのすぐ近くの
海辺の町、ネルハに決めた。

     
肉・・  肉、肉・・  レストラン「Las Chinas」


7日目 再びグラナダへ

 この日は少々、空は曇り模様だった。
ネルハの夜明けは遅く7時でも薄暗かった。
ホテル代はぼくと家人、そしてH君のそれぞれ2
部屋を借り、合計で99ユーロとかなり安く、
朝食までついていた。
ホテルのレストランの朝食のスタート時間9時に
H君と待ち合わせる。
彼は、すでに早起きして海岸を歩きながら、
写真をたくさん撮っていたようだ。
この後の予定は、H君をグラナダに送り届け、
イベリア半島の内陸部を北上し、
降り立ったバルセロナに再び戻る。
今日はどこに泊まるか決めあぐねていたが、
まだフラメンコを見ていなかったので
この日、本場中の本場グラナダに
もどってホテルをとり、タブラオ
(フラメンコのライブハウス)に行くことにした。
11時にネルハを出発し、美しい湖や、
ぶらっと気にかかった村に立ち寄ってみたりと
のんびり帰ったが
13時にはグラナダのアルバイシンに
着いてしまった。
グラナダには重い灰色の雲がかかり、
雨もぽつりぽつりときていた。
昼時だったので、H君おすすめの
バル「Torcuato」に行く。
ビール、ワインなどを頼むと無料で
小皿料理(タパスと呼ばれる)が付いてくる。
それが1ユーロちょっとだから激安だ。
(この時のレートは1ユーロ130円くらい)
しかも、かなり腕利きのシェフが料理している
らしく店内満席で、味も抜群だった。
 夜のフラメンコ鑑賞を予約しておくために、
食事の後、たくさんのタブラオが軒を連ねる
アルバイシン地区、
サクラモンテ地区を散歩するが、この時間ですでに
夜の予約が一杯の店が多かった。
フラメンコはやはり、人気のあるものだなと、
改めて感心させられた。
数件目に訪ねたサクラモンテ地区の
タブラオ「Venta El Gallo」でやっとチケットを
買うことができた。
さて、今夜のホテルをどうしようか?
と考えているとやがてグラナダはバケツを
ひっくり返したような
どしゃぶりになってしまった。
近くのバルに避難したが店内は同じく雨を
やり過ごす人々で足の踏み場もないほどだ。

 「これがグラナダ天気です」と、
H君が教えてくれた。
特に、今年のこの時期のセマナ・サンタの
お祭りは、この気まぐれグラナダ天気に
大きく左右されたそうだ。
1週間ほど、毎日カテドラル周辺には
神輿が出るそうだが、天気の様子を見ながら、
ぎりぎりまで神輿の出発が可能かどうかを
見極める。
この神輿はいろんな地区から出ているようで、
同じ神輿が毎日出ているわけではないので
雨のせいで中止になれば、また来年まで
待たなくてはいけないということらしい。
この行事はスペイン人にとって本当に
大切なものらしく、
実際H君は神輿が中止になり、悔しがって
涙を流す多くのスペイン人を見たそうだ。
一昨日、天気がよく、ぼくらがセマナ・サンタを
体験できたのはとても幸運だったと、
いえるだろう。

 バルで雨宿りをしていたら、
ようやく雨が弱まってきた。
19時のフラメンコ開演まで、意外と時間が
せまってしまったので、ホテル確保は後にし、
タブラオに直行することにした。
この日、断続的に降る雨の様子を伺いながら、
セマナ・サンタは最終日だ。
タブラオに行く我々、セマナ・サンタの最後を
見届けに行くH君とここで、
熱い握手を交わして別れた。
 今度は、東京(スペインかも?)で会おう!
ありがとう!

8日目 ラ・マンチャそしてトレド

 旅の相棒のひとつに音楽がある。
今回、レンタカーを運転しながら、
何度も繰り返し聴いた曲があった。
それはジョン・ウイリアムスの演奏する
ある貴紳のための幻想曲」だ。
 
 この日はアンダルシア地方のグラナダから
ラ・マンチャ地方を北上し、かつてのスペインの
首都トレドまで移動する。
走行距離はほぼ直線の370キロ。
スペインの代表的作曲家ロドリーゴ
作品である「ある貴紳のための幻想曲」が
とにかくこのラ・マンチャ地方の
荒涼たる原野を走るときに恐ろしいくらい、
ぴったり合うのだ。
ギターと管弦楽からなる協奏曲なのだが、
ギターの素朴さは渇いた果てしない
荒野と空を、憂いのある弦楽器は
蛇行する川と重層的な岩石郡を、
不協和音の響きを放つ管楽器はラ・マンチャを
舞台にした小説「ドン・キホーテ」の
主人公のユーモラスな姿を彷彿とさせる。
ぼくはハンドルをにぎりながら、
この音楽と走る風景の見事なシンクロに
幾度となく感動をおぼえた。

 ちなみに音楽はすべてiPhoneに入っているから、
持っていったポータブルのJBLの
スピーカーに接続した。
電池駆動ではあるが低音もよく再生してくれる
なかなか優れたスピーカーだ。
さらにBluetooth(無線)接続ができるので、
かさばらなくていい。

     
 コンスエグラの風車と羊たち 美味しいが食べきれない・・   旅の友

 13時、風車が小高い丘に連なる町、
コンスエグラに到着した。
ここから今日の目的地であるトレドまで
残すところ70キロ。
風が強く雲も流れながら、
めまぐるしく姿を変えていく。
見かけたレストランは1軒だけ。
車を停め昼食をとることにした。
よくしゃべるマスターのおすすめで羊のチーズ、
肉の盛り合わせ、サラダなどを注文した。
肉は様々な部位、ソーセージ、食べきれない
ほどの豪快さに驚く。味もよかった。

 14時、トレドの街が見えてきた。
何度来てもここはいい。
駐車場に車を停めて古都トレドの細い
アップダウンのある路地を散策する。
以前はトレドの全景を見渡せる高台の
ホテルに泊まったものだが、今回はトレドの
正門により近いホテルに「Mayoral」に宿泊。
バルコニーが異常に広く、トレドを見上げると
いったロケーションでこれはこれでいいものだ。
夕食は近所のバルにて。 

     
     


9日目 サラゴサ

 旅に出てから、ずいぶん時間が経過した。
スペイン滞在も残すところあと2泊。
この日も宿泊地は決めていなかった。
トレドから復路の飛行機に搭乗する
バルセロナまで700キロ。
どこか中間地点で1泊すれば無理のない
スケジュールとなるだろう。
地図を眺めながらサラゴサあたりがいいだろうと
見当をつける。トレドから400キロの場所だ。
7時にトレドを出発し、9時に途中にある
アランフェスの街に少し立ち寄った。
朝が早かったせいか人もまばらだった。
13時テルエルの中華レストランで昼食。
ビュッフェ形式で12ユーロとお得。
野菜炒め、魚介もの、寿司、チャーハンなど
なかなか美味しかった。
この日も天気がよく、車窓に次々と現れる
美しくも不思議な岩石郡に飽きることがない。
 
 スペインの何度かの旅で多くの地を巡って
きたつもりだが、まだまだ知らない所、
行っていない所だらけだ。
心に強く印象付けられ何度もリピートしてしまう
場所も多いので、この観点からいえば
新しい場所に訪れる機会が
減ってしまうということでもある。
今日の宿泊地・サラゴサも初めてだった。
歴史はあるが、ちいさな地方都市くらいなものと
思っていたが、
これが近代建築地区と歴史的建造物地区が
混在する巨大な都市だった。
中心地は交通量、一方通行もとても多く、
ホテルを探すのがたいへんだった。
苦労しながらも飛び込みで、エブロ川と
ピラール教会を見下ろせるホテル「Ibis」に
20時に部屋をとることがっできた。
宿泊費は61ユーロと駐車場代8ユーロと手頃。
 ちょこちょこと、寄り道をしながらのせいで
到着が遅くなってしまったのでここでの
観光はあきらめた。
夕食はだいたい地元の人が通うようなバルに
行くことが多いが、この日はスーパーで
買ったものですませる。
先ほど買ったハモンセラーノ(生ハム)で
ワインを一杯やる。
スペインで食べるせいだろうか、
それほど高くはなかったハモンが尋常では
ないうまさに感じる。
実際、日本に輸入されている高価な
ハモンよりずっと良いものだろう。
このハモンというやつは、噛めば噛むほど・・・と
いった言い古された形容がやっぱり一番、
適切な表現なのではないだろうか・・。

 眼下に見えるゆったりとした流れの
エブロ川の川辺に佇むピラール聖母教会は
日が暮れるにしたがって
ライトアップされて美しい。
こんな、ホテルの部屋からこじんまりした夕食も、
たまにはいいものだ。

     
 ピラール聖母教会   ホテルから見えるエブロ川と教会 


10日目 シウラナ、そしてふたたびタラゴナ


 今夜がスペイン最後の夜となる。
バルセロナから地中海沿岸を南下し、
グラナダへ。そして再びイベリア半島内陸部を
通ってバルセロナに
戻る3.000キロ以上走った今回の
旅もそろそろ終わりだ。
最後の宿泊地は2泊目を過ごした美しい
地中海の街、タラゴナにすることにした。
復路の飛行機搭乗をするバルセロナ空港までは
100キロほど。
夕方の便なので、じゅうぶん間に合うだろう。

 昨夜の宿泊地サラゴサからタラゴナまでは
240キロ。
ゆっくりドライブしていける。
途中、タラゴナから内陸に30キロほど入った
ところにスペインでも屈指の絶景を誇る
シウラナという場所を
前日、何げに見ていたインターネットで
知ってしまった。
ガイドブックにものっていない、
本格的なクライマーたちが集まる
断崖絶壁の村らしい。
地図を開いてもなかなか見つからず、、
やっと探し当てた「SIURANA」の文字は
山岳地帯に位置する
ずいぶん小さなものだった。
(ウィキペディアにも載ってないし・・・)
時間にも余裕がある、これはシウラナに
行くしかないでしょう!

 9時にサラゴサのホテルをチェックアウトし、
荷物を積み込み出発する。
今日もよく晴れている。
シウラナへの道は走れば走るほど高度を上げ、
道が細くなっていく。
心洗われるような春の果てしない山脈や
時折あらわれるオリーブ畑に運転も気持ちいいが
道を1本間違えてしまえばとんでもないところに
行ってしまいそうだ。
山道にあってほとんどすれ違う車もないし、
人も見かけない。
途中、点在する小さな村の村人に道を
確認したりしながら、シウラナに近づいていった。

     

 13時、山中でレストランを発見したので
駐車場にレンタカーを滑り込ませた。
客は他にはいなかったが、営業はしているとのこと
だったのでノンアルコール・ビールと
肉料理を頼んだ。
天井が高く吹き抜けになっていて、
広々とした気分のよいレストランだ。
窓からの景色もいいし、料理も郷土感が
強く押し出されていてとてもよかった。
 

     

 昼食を済ませ、いよいよシウラナへ、
ラストスパート。
何重にも折り重なる荒々しい岩肌が屹立した
情景がますます濃厚になっていく。
曲がりくねった山道を走っていると、
1人のバックパッカーが手をあげていた。
山道をつらそうだな、と思いレンタカーに
乗せてあげた。
スペインを旅している感じのよい
ポーランドの青年だった。
それから彼とおしゃべりしながら、
15分ほど走ると、目的地のシウラナの
駐車場についた。

       
腹ばいになって撮った       


 そこは想像以上の恐ろしいまでの絶壁の
頂きに存在する小さな村だった。
ホテルが2,3軒と、キャンプ場があるが、、
村の端っこはどこもスパッと垂直に谷底に落ち込み
一歩足を踏み外してしまえば、かなりの
滞空時間とともに死は間違いないだろう。
なぜ、こんな所にわざわざ人が住むように、
なったのにはそれなりの理由があるだろうが
それにしても、自分が空中に浮いているようで
なんともムズムズと落ち着かない。
しかし、360度絶景のこんな大渓谷が、
スペインにあったとは・・。


 
   
  ポーランド青年と  頑張って端っこまでいきました

 

 シウラナを後にして最終宿泊地の
タラゴナに17時到着。
先日泊まったホテル「Imperial Tarraco」に
インターネットで予約を入れ、チェックインすると
何故かわずか70ユーロほどで、最上階の
スィートルームを案内してくれた。
部屋もバルコニーもばかでかく、
地中海の眺めは最高。
スペイン最後の夜は何だか申し訳ないくらい
贅沢な部屋だった。

 今回も、のんびりした旅だったとは言い難い。
しかし毎日、せわしなくレンタカーで走り回った分、
かけがえのない場面に
たくさん遭遇することができた。
翌日、無事レンタカーをバルセロナ空港で返却し
帰路につくことができた。